燈籠祭の歴史

■きほく燈籠祭とは?

1928年(昭和3年)、旧紀伊長島町の赤羽川の川開きイベントとして、時の青年団が数百羽の都鳥型燈籠を流したのが燈籠祭の始まりです。

当時、熊野路の夏の風物詩として全国に広く知れ渡っていましたが、若者の流出、予算不足などの理由により、1974年(昭和49年)を最後に中断することとなりました。

時は流れ1987年(昭和62年)。「全国に誇れるものは何か」と地元の商工会青年部を中心とする若者たちが立ち上がり、この町の未来への思い、そして伝統復活への熱い思いが燈籠祭を復活させました。製作した巨大燈籠は長さ35mを超え、更に華麗な姿となって13年ぶりに蘇ることとなったのです。

今年で復活36年目。町民の皆様はじめ、たくさんの方々に支えられ、燈籠祭を続けてきました。

毎年製作される大燈籠は、町に伝わる民話の主人公や縁起物をモチーフにして製作。製作には、実行委員のメンバーだけではなく、老若男女たくさんの方々が参加してくれます。また、町内の保育園、幼稚園、小学校、中学校にお願いし箱型燈籠を製作してもらうなど、みんなでつくり上げる体験型、交流型の祭として発展してきました。

今では東紀州の夏の風物詩として県内外にも認知され、燈籠祭でしか見ることでのできない花火「彩雲孔雀」と海に浮かぶ巨大燈籠の競演は、燈籠祭の代名詞ともなっています。

■歴代の大燈籠紹介

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